サイトをリニューアルしようとしていて、これを機会に私のことをもっと詳しく書いておこうかなと思ったので書いてみました。本当はリニューアルしたサイトに載せようと思っていたけれど無駄に長いし、そんなに皆に読んで頂かなくてもと思ったので、この記事へのリンク程度にとどめておこうかと。
以前からお客様に、経歴はできるだけ詳しく書いたほうがいいよ、とアドバイスして頂いていたのですが、書いて逆にマイナスだったらどうしようとか、色々余計なことを考えて書けませんでした。なにしろ別にこれといったサクセス感もないので・・・
でも、書いてみたことがないので一度書いてみようと思います。ただあとで嫌になって消しちゃうかも。
この仕事を選ぶまでが長いので、どーんとさかのぼって何になりたかったかから書きます。
小さいころは、幼稚園のときはパン屋さんになりたいと書いた記憶があります。たぶんあのシアワセな香りが好きだったのだと思う。その後は手芸が得意だったので、ずっと手芸家になりたいと思っていました。
その後色々あって英米文学科に。もともと英文学、というかイギリスがなぜか無性に好きでした。大学のときは翻訳や、英語の教師に興味があって教員免許も取りましたが、まるっきり社会に出ていない私が教師になんてなるもんじゃない、と思って一般企業に就職することに決めました。このときは英語を生かしたいとは思っていたけれど、具体的に何をしたいのかなんだかよくわからなかった。就職活動半ばで教員実習が入ったりして、なんだかブレブレでしたが、とにかく就職しなくちゃ、という気持ちでした。PCに関しては、卒論がワープロという状態で・・・情報処理の授業でインターネットにはじめて触れる、という程度でした。
そして大学卒業後は建設会社に入社。入社当時は人事関連の部署で、その後結婚した為その部署にいられなくなり、建築部の積算課に異動。積算課は人事系よりも建築そのものと近くて、建築は以前から好きだったので、建築士の人たちの仕事を垣間見られるのは楽しかったです。もっと人生の早い時点で気付いていたら建築士を目指してたと思います(そういう素質があるかは無視)。実際の仕事は積算課で金額を管理するところだったので、エクセルのマクロと会社独自の積算システムを使っていて、結構面白いと思っていました。その会社独自の積算システムを開発した方が同じ部署にいて、年上の方にこういう言い方も失礼かもしれないけれど、なんだか気が合いました。今思えば、当時から開発部隊の方と波長があったのかも。
でも一生続けられる仕事とは思えなかったので、相変わらず何をしたいか模索していました。映像字幕翻訳を真剣に考えて、あるコンテストで「あと一つ上の賞をとったら仕事が来る」というところまでやってみて、それなりに手ごたえはあったけれど、翻訳って結局日本語について深く考える職業で、私がやりたいこととは違うと悟り、じゃあなんなの?と悩む。この間離婚も経験。
その後、もしかしてwebデザインなら、と思い始めました。実はデザイン方面には昔から興味があったけれど、私なんかがなるもんじゃない、って勝手に思っていて。そういえば大学のときの適正診断でも、映像プロデューサーの仕事、という診断結果だったのだけれど、自分には無関係だと思っていた。あまり自信はなかったけれど、もうあんまり色々な職業を転々とできる歳ではないと思ったし、思い切って、と職を探しました。このとき27歳。
仕事を探していくうちに、勉強も兼ねて初級シスアドを受けて受かり、それが縁でとあるベンチャー企業で雇って頂くことに。その会社は自社開発を目標としながら、当時は技術者を派遣する会社だったので、web関連の仕事をしている会社に派遣して頂きました。まるっきり初心者で雇って頂いて、本当に感謝しています。
その派遣先では、自分で本を見て独学したことなんてちっとも役に立たなくて、毎日本当に申し訳ない思いも沢山しましたが、今の基礎となることを沢山学ばせて頂きました。ところが1年と少したって、その派遣先でweb制作ではなくシステムの更新のほうを作業することになったりで、状況が少し変わってしまい、他の会社に派遣されることになりました。今度はプログラマー見習い。
プログラムに関しては、もともと「そういうこともやっておいたほうがいい」、と上司から言われていたし、やらせて頂けるなら是非、と思っていたので、本当に全くわからなかったのにプロジェクトに入れて頂きました。そしてまた、申し訳ない思いをしながら、学びつつ仕事をさせて頂きました。
相変わらず派遣状態でしたが、同じ会社の先輩も同じ派遣先にいて下さって、色々丁寧に教えて頂きました。この先輩には、今はお会いする機会がありませんが、本当に足を向けては寝られない、と今も思っています。
仕事は、はじめがORACLE9iでPLSQLのストアドプロシージャ、それからVB、Power Builder、VB.netなどのプログラム作成、テスト、テスト仕様書作成をさせて頂きました。内容は営業支援関連や、倉庫の輸配送プログラムなどでした。
途中から先輩ともお別れになり(先輩はやれやれと思っていたかも)、ふと時々「あれ、web系の仕事は・・・」と思うものの、とにかくどんどん日々が過ぎていきました。webに関しては、家で時間のあるときに旅行の写真のサイトを作ってみたりする程度になっていました。
唯一いた同じ会社の女の子は、「いつもお尻に火のついた現場にばかり行かされて嫌だ」と言って辞めていきました。そして私の派遣状態も相変わらずで、少しずつ自分の何かがおかしくなっていました。web関連にいきたいのですが、という希望が通るわけでもなく、どの派遣先にもいつもよくして頂きましたが、同じ会社の同僚はいなくて、このままプログラマーを続けていけるのかも不安でした。それで、会社を辞めることにしました。
そのあと、web関連へ就職希望でしたが、すぐ声をかけて頂いた会社はシステム関連でした。とにかく仕事しながら考えなくては、と思って仕事させて頂きました。ASPの仕事でした。
ところが、以前からどこかおかしいと思っていたけれど、本当に体調が悪くなって、結局その会社も数ヶ月で辞めることになりました。申し訳なかったけれど、辞めるしかなく悲しかった。本当に真っ暗な感じでした。
その後色々考えて、やっぱりweb制作がやりたかったんだから、その方面でやっていこう、そしてお客様と直接接することができる働き方をしよう、と思うようになりました。それでwebartonという屋号で、フリーランスで働き始めました。このとき31歳。IT業界にいたとはいえ、web制作とは縁のないシステム開発にいた年数のほうが長いので、webに関しても勉強し直しでしたが、なんとかここまでやってこられました。
ここまで来るのに色々あったけれど、フリーランスですから営業も制作も私。だから人と接することも多い仕事です。今までの経験全てが役立っていると思っています。それにどんな仕事でも一生勉強はつきものですが、私は自分が好きな仕事で勉強しているのですから、好きなことが見つかって私は運がよかったと思います。
こんなかんじで、今35歳です。これからもばりばり働きますよっ!




